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『 夜の樹 』 [海外作家]



新潮文庫


旅行中に 奇妙な夫婦と知り合った 女子大生の不安を描く 「夜の樹」


読了してから、この物語が 心の片隅のほうで、つねに 異彩を 放っている。

電車の中で出会う、旅芸人の夫婦との やりとりから、ケイの抱く不安感、孤独、焦燥
そういう感情が 凝縮され、ひといきに 描写されているところが、主軸として ある意味
明快なのと、冬の景色も 彼女の孤独さを 際立させているようで、私は この 物語が
えらくすきだ。

作家さんが、ある物語について、なぜ好きなのか なぜ秀逸さを 感じるのかを、詳細に
説明しているのを 読んだりするたび、すごく羨ましく 感じることが 多かった。

一つの作品から、そこまで 読み取ることに まず 脱帽し、何より、すきだとはっきり明言
できる 物語を、私自身が 実はあまり持っていないということに 気づき、だから その感覚
も、いまいち 分からずにいた。

しかし、『 夜の樹 』を読んでから、この世界観が 忘れられないものとなった。

決して、 爽快で 明るい話しではない。むしろ、不快感にも似た 怖れ よりだと思うのだが
惹かれる理由の一つに、構成の巧さを 感じる というのもある。


冬の夜のプラットホームから 始まり、電車という 密閉された場に(ある意、閉じ込められ)
乗りこみ、向かい合わせで 逃げ場のない 狭い座席… そういう『 空間 』が、提示されて
いるだけで、それらが 物語の構成要素として、重要な部分を 占めているのがわかる。

ケイのパーソナルスペースに、会話というかたちで ぐいぐい入ってくる 女、その隣で
言葉は いっさい発しないが、ケイを 観察するかのように じっと見つめてくる男。

同乗している人々は、まるで 死の世界に 行ってしまったかのように、静かで、そういう
描写から、ケイの焦燥さと、居心地の悪さが よく伝わってくる。

幻視のような 白昼夢のようなものを、読み手に 想像させる、ふしぎな話しは 数あるが
『 夜の樹 』と、それらが 決定的に違うのは、なんだかわからない感じだけで、終わらせ
ていない ところだと思う。

確かに、この 話しも なんだか分からない感じ、で 終わるのだが、それだけではない
強烈な 余韻が残るのは、やはり 私の中にもある、(きっと 誰の中にもあるのだろう)
原始的な 恐怖というのか、そういう感覚が、描かれる 得体の知れない 恐怖のような
ものと、重なるから ではないだろうか。

幼い時に 漠然と感じた、お化けやらの 見えないものに対する恐怖は、今 ふり返れば
無意味だったと 分かるのだが、その感覚は、あんがい 鮮やかに残っていて、大人に
なった今は、そういうものの質が、単に 変っただけなのだと思う。

お化けに 怯えていた頃は ただ 泣けばすんだが、今は 時折おとずれる、計り知れない
漠然とした 不安、孤独、焦燥 とうに、ただ じっと耐えているのでしょう。

そういうことに ふと疲れた時、(ケイにはわるいが) 描かれる 暗の感情と、どこかに
誘導 されてゆくような 結末は、自分の中に あるだろう、張り詰めたような 緊張の糸を
ぷつりと 断ち切ってくれるような、そういう ふしぎな 緩和が おこり、なぜか 安堵できる。

(読み方が、間違っているのかも しれないが…)

だから、すきなのかもしれない。そして、なぜか 静かな気もちにさせてくれる。

これからも、寂寞とした冬の夜には、枝を広げる夜の樹と、この物語を 思い出すだろう。





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