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人質の朗読会 [O.Y]



小川洋子 著 / 中央公論新社


遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして…しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。


著者の作品 の背景には、いつも、死の影やら その雰囲気が、どこかしらに 潜んでいる。

しかし、この本の 物語の導入部分、人々が 事件に 巻き込まれたうえ、人質全員の
命まで 奪われる、そういう 状況下での 『 死 』が扱われていることに、少し 衝撃を うけた。

というのも、今までは、死という 象徴からくる、静謐さだったり、変性しない永久的な 存在
や 空間だったりという 描き方の、印象がつよかったから だと思う。



杖、やまびこビスケット、B談話室、槍投げ青年、冬眠中のヤマネ、コンソメスープ名人
死んだおばあさん、花束、ハキリアリ が収録されている。


日常の切れ目から、そっと 現れたかのような、ふしぎな人々との 交流も 描かれては
いるが、どの話しも、小さな きっかけや、ささやかな出会いと 出来事が、語り手である
主人公の人生に、後々まで しっかりと 影響しつづけているところが 共通だと思う。

読了後、涙が ぼろぼろ流れるという感じではなく、胸の奥で、何かが じわじわ 湧き
出てくるような、何とも言えない 気もちに充たされた。 

誰かにとっては 取るに足らない、私自身も つまらないと言い捨ててしまう、私の中にある
ささやかな記憶たちも、本当は 幾つもの色彩を放つ 大切な小石のようなものだから、
それらを 丁重に 扱ってあげたくなるような、そういう 余韻にひたった。


唐突に、その人生・命を 奪われてしまう というところは、今回の大震災と 重なることが多く
どうしても、そのことを 意識せずには 読めなかった。

どこにでも B談話室 は在るというのも、まさにリンクするし、槍投げ青年の中で 描写される
魂を 悼み、そして祈るかのような 槍の軌跡は、私の心の中の 青空を 今も流れている。

私は、『 花束 』という話しが とくに 印象深かった。

さまざまな かたちの死があり、名も知らぬ誰かが、毎日のように どこかで亡くなっている。
この、花束を 読み終えた時、主人公と同じように 合掌しているような気もちになった。


人が生きている 命あることは尊いと、この本が、静かに 語っているように思えてならない。


 



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